常春の庭

遠い谷の向こうから

私を呼ぶ声がする

黄色いハンカチを振って

「ここへおいでなさい

 あなたの愛する本と音楽

ナッツ入りのチョコレート

大好きな人の笑顔と

ホットな飲み物

みな用意してありますよ」

だが、どうやって行こう

マップはバッテンだらけなのに

シカが通ります

タヌキもイノシシも通ります

クマにご注意!

落石、落雷、豪雨、豪雪…

通行止め!

優しくはかない声が招く

「早く歩いておいでなさい

 道はまっすぐなのだから」

シューズを履いて表に出れば

カーニバルが通って行く

賑やかに浮かれ踊りながら

この騒々しい人の流れ

遠慮会釈ない雑踏を

どうやって突っ切れと言うのだろう

心に傷を負わずに

声はますます遠のいていく

だんだんすすり泣きながら

「なぜ…

 あなたの望みのすべてが

 ここにあるのに…」

なぜなら

谷を埋め尽くして

大きな町が出来てしまうから

ネオンサインと信号と

灰色の摩天楼

ぐるぐる巡る車の流れ

それなのに

マップは真っ白で

道一本、見当たらない

私はあきらめ

日だまりに座りこむ

かたわらの小さな花をながめながら

悲しみは

深く静かに下りていく

冷え冷えとした雨のように

だが、何だろう

傷んだ心を修復しながら

しずしずと動いて来る

この柔らかな気配は

凍土に純白の顔をもたげる

寒芍薬のように

かじかむ者だけに炎を上げる

密かなたき火のように

やがて、春が扉を押し開ける

その時、私は立って

うんと背伸びをしよう

それから、両の翼を広げよう

二度と凍えまいと決めて

人の定めたマップなどに頼るまいと

そして、呼びかけよう

谷の向こうの空へ

精一杯の声で

「ここへおいでなさい

 あなたの翼を広げて

久遠の静けさの中

 花々は枯れることなく

 愛と神話と

 愉快な物語の尽きない

 この常春の庭へ

 私はずっとここにいますよ」

遠くで、声が

かすかに笑った気がする…

Yumi




Illustrated by Hikaru 🐰

白い寒芍薬(クリスマスローズ)

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