画家になりたい弟がいた
中学生なのにピカソを真似て
ヘンテコな絵ばかり描く
廊下に貼り出されるとひときわ浮いた
恥ずかしかった
図体がでかくて動きが乱暴
やることなすこと
そばに立っているだけで息苦しい
空気が通らないから
私の靴をひっかけて外へいく
戻った時はぺったんこ
無断で私物を借りていく
返って来た時は壊れている
大音響でロックを聴く
ああ、逃げたい…
「姉貴」
と高校生になって
「体操着、貸してくれ」
あのね、どんだけ体格が違うと…
「おれの、乾いてねーから」
私のジャージでむりやりサッカーをやる
「男バレエ」と笑い者になっても
どうせゴール前の醜い蹴り合いで
みなそんなことは忘れてしまったそうで
そうして、伸び伸びどろどろの体操着を返して来る
初めて描いた小さな油絵
暗い山の上をただ細長く
絵の具がびろびろ伸びていた
夜明けのつもりだろうか…
「あのね、絵っていうのはね」
姉らしく
美術の教科書を持ち出して諭す
画家になりたいだって!
とっても無理…
嫁さんをもらい子供も出来て
弟はすっかりおとなしくなった
里帰りするとバイクでやって来た
「車、嫁さんが使うから」
茶の間で赤い顔をしてビールを飲む
心配で小言を言うと
「大丈夫だ」とにんまりする
あとは無口だ
最近は描かないのかと聞くと
「若かったからな」と力なく笑う
口元にずいぶん深いしわが寄る
「初めて油絵を描いた時さ」
と、思い立ったように語る
「一つ一つの絵の具があんまりきれいなもんで
混ぜるなんてとってもできなくて
大切に、大切にしてやりたくて
チューブから生まれてくる色たちを
そのまんま、そうっと、こう…
暗がりに置いてやりたくてさ…」
口下手な子が不器用な手ぶりで
その一枚は今は思い出の中だけにあって
時々語りかけてくる
「あの頃、おまえは何も見えていなかったね」と
暗がりに生まれたばかりの絵の具たちが
宝石のように輝いて
画家は描き続けなくてはならないと思う
人生のどのステージにいても
ただ単純に
早朝、無人のキラウェア山頂で踊る人々のように
だれのためでもなく
ただ神に見てもらうためだけに
画家にとって描くことは呼吸することだから
Yumi

Illustrated by Hikaru
アルジャントゥユの庭(モネへのオマージュ)
コメント
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