幸福な青年

ひとりぼっちの少年の

小さな反射望遠鏡

それは彼の宝物

いつかママが買ってくれたから

美しい赤い惑星

それは彼の夢の世界

覗けば不思議が現れる

滔々と流れる水色の運河が

あそこにもきっと人がいる!

ぼくと同じ

ひとりぼっちの少年が

ひょろひょろの花を育てて

いつしか少年は青年になって

友だちがひとり出来た

彼の優しさが嬉しくて

青年は自分の宝物を見せた

一冊のスケッチブックを

「ねえ、きみ

 火星には運河があるんだ

 ぼくたちみたいに人がいて

 学校へ行ったり

 花を育てたりしているんだよ

 ほらね」

青年は熱心にめくっていった

 描きためた運河のスケッチを

 友はほほ笑んだ

 どこか気の毒そうに

 傍らの小さな望遠鏡を見やりながら

それから間もなく

裕福な友だちは

望遠鏡を持ってやって来た

ガッチリした三脚とスコープが付きの

巨大な天体望遠鏡

「きみ、こっちを覗いてごらんよ

 きみの星がずっとよく見えるから」

おずおず、青年が覗くと…

運河は無かった

ひょろひょろの花も

それを育てる火星人も

青年は強張り

無理に笑おうとしてあきらめた

ただ

「教えてくれてありがとう」

とつぶやいて

それから

窓辺に行って座り

いつものように夜空を見上げた

今夜も赤く美しい星を

ずっと、いつまでも

友が気づいた時

青年は石になっていた

夜空に顔を向け

固く目を閉じ

穏やかなほほ笑みを浮かべて

膝にはママの望遠鏡を置いて

彼の美しい石像は人々に好まれ

町の広場に据えられた

そして、誰言うともなく

こう、呼ばれるようになった

「幸福な青年」と

人は見たいものだけを見るもの

自分が見たいように

愚かでもその方がずっと幸せだから

真実に耐えられずに砕けるよりは…

Yumi

Yumi

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